平成17年5月1日発行第86号より抜粋

「移植医療」の最前線
ボストン留学での雑感−医学の発展とともに


川原 敏靖(昭61高)(順天堂大学肝胆膵外科医師)
(かわはら・としやす)学習院中等科を経て昭和61年学習院高等科卒業。平成5年順天堂大学医学部卒業後、同大学第2外科に入局。専門は移植、消化器外科。この間平成7年から2年間旭川医科大学第2外科に国内留学、また、平成12年にはアメリカ、マサチューセッツ州・ボストンにあるMassachusetts General Hospital(MGH)、Harvard Medical Schoolに留学。

 平成16年(2004)1月、重症の糖尿病と腎不全を併発した30代の女性に、日本で初めて生体膵腎同時移植が行われ、父親から膵臓の半分と片方の腎臓が移植されました。また11月には、平成9年(1997)10月の「臓器移植法」施行後、31例目の脳死移植がなされ、心臓、肺、肝臓はそれぞれの施設へ搬送され、移植手術が行われました。
 日本では、「臓器移植法」の改正で脳死移植によるドナー不足を改善しようという政治的動きがあるものの、すでに脳死移植を含めた移植医療が定着しているアメリカを見たとき、日本が近い将来直面するドナー不足の危機を容易に推測することができます。私のマサチューセッツ州の自動車運転免許証にも小さい赤いハートのマークが刻まれており、事故に遭遇し脳死になった際にはドナーとなることを承諾していました。 

 私の専門は移植、消化器外科。学習院中等科、高等科を卒業後、昭和62年(1987)順天堂大学医学部に入学、平成5年(1993)卒業後順天堂大学第2外科に入局しました。
 学生のころから移植医療に興味を抱いていた私は、平成7年(1995)から2年間、旭川医科大学第2外科に国内留学をし「肝臓という臓器を移植するのではなく、肝臓の細胞だけを脾臓に移植して肝臓と同様の機能を作り出し、肝不全の患者さんの肝機能を補助する」という夢物語のような研究に着手しました。その研究がアメリカ、ヨーロッパの国際学会で評価され、アメリカの医学雑誌に掲載されました。そのことにより、平成12年(2000)の春、私は最先端の移植研究、および医療を学ぶためにアメリカ、マサチューセッツ州のボストンにある、Massachusetts General Hospital(MGH)、Harvard Medical Schoolに留学することになったのです。
 MGHでは、基礎医学研究所と臨床をになう病院とが協力しあうことにより最先端の臓器移植センターを作っています。臓器移植における免疫抑制での究極の目標は免疫寛容と呼ばれるものです。例えば母親の体は通常の異物に対しての免疫能力を保ちながらも、胎児を異物と認識せず拒絶しないで受け入れることができます。つまり、胎児に対して母体は免疫寛容状態になっているのです。残念ながら現在、世界各国で行われている移植後の免疫抑制は、人間のすべての免疫能力を制御してしまうために、感染症にかかりやすく弊害も大きくなります。レシピエント(移植を受けた側)が移植臓器だけに対して免疫抑制を働かそうという画期的な試みも、近年このMGHでは行われ、免疫寛容の基礎研究が実際に臨床応用される形となり世界的に注目を集めています。
 また、ヒトの臓器をドナーとするには限界があるため、ブタなどの異種臓器に人間の遺伝子を導入して移植する「異種臓器移植」の研究も進んでおり、驚くべきことにアメリカではすでに臨床応用されるまでに至っています。平成16年(2004)7月、日本政府の総合科学技術会議は再生医療の応用に期待し、ヒトクローン胚の作成を認可しました。ヒトクローン胚に自分の細胞の核を移植し、必要な臓器に分化させることが可能になれば、自分の臓器と全く同じ遺伝子を持つ臓器を作り出せるようになり、拒絶反応なしに移植することが可能となるのです。もちろんドナー不足の問題は解消されることになります。
 このように、医学は日進月歩で目まぐるしく進化しています。基礎医学と臨床が密接に関連し、医学の進歩を目指していくシステム作りこそが本来の大学病院のあり方で、大いにアメリカから学ぶべきところであると思います。地域医療に貢献してくださっている先生方とは違う形で医学の発展に貢献しなければ、大学病院の存在の意味がないと考えており、私自身もその責任の重大さを痛感しております。
 アメリカの進んだ医療を積極的に学び、取り入れることは大いに歓迎すべきことであります。しかし、アメリカの医療技術、医療システムをそのまま日本に"移植"することが、はたして良いことかどうかは疑問であります。私たちは今一度、アメリカの医療がたどってきた歴史を検証し、その良い点を日本に移植し、日本の医療の優れた点と融合させることにより、日本独自のものを作り上げていかなければならないと思います。そして、基礎医学と臨床医学をつなぐことはわれわれ医師に与えられた重要な役割だと心得ており、今後も21世紀の医学の発展に微力ながら貢献していきたいと考えております。


 「臓器移植法」改正の動きの中で
現行法では、ドナーカードによる本人の意思確認がなければ、脳死下での臓器提供ができない。これに対して家族の同意があれば髄器提供ができるという改正案が現在議論されている。移植を取り巻く環境整備も今後の課題だ。


会員誌「オブリージ」では、各界で活躍する学習院出身者へのインタビュー企画を毎号掲載してきた。それぞれお忙しい中、時間をさいていただき、学習院への思いを長時問語っていただいた。ここにメモリアル・アルバムとしてご紹介する。
(平成10年10月〜平成17年3月/敬称略・肩書きは掲載当時)
学習院の同窓生という縁を
強く感じた皆様のお話しは
桜友会の財産です。
ありがとうございました。