同級生からの手紙

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同級生からの手紙

今年の中高等科桜友会総会(2月27日)は、百周年記念会館正堂で前ユネスコ事務局長・松浦晃一郎さん(昭28中)が講演、その後の懇親会には約500人が参加し、会場を2ヵ所に分けてもなお入りきれないほどの盛況でした。

青春前期にあたる中高等科時代は、誰にとっても忘れがたいものであることを実感した次第です。

これに先立って2月2日に開かれた桜友会ソウル支部の第1回会合には9人の卒業生が出席、支部長に朴炳セキ君、連絡責任者に金鍾彬君が就任しました。この朴、金両君は、私の高等科時代(昭26~29)の同級生なのです。

当時から大人の風があった朴君は学習院大学に進んで経済学部を卒業、才気煥発だった金君は米国に留学したと聞いていました。2人がその後どうしているか、気にかけながら連絡もとらずに過ごしてきましたが、このほど金君からソウル支部結成の知らせと併せて「皇室を思う」と題した一文が届きました。私自身は文中の一部に違和感を覚えるところもありますが、半世紀以上も昔の高等科生が、学習院の教えを踏まえて考えを練っていることには拍手したいと思います。筆者の了解を得て、その内容をご紹介します。


[皇室を思う] 金鍾彬(昭29高)

(原文は本字・旧かなで書かれていますが、常用漢字・現行のかな遣いに改めてあります)

高等科2年のころのことであったから、もう57年も前の話である。当時、漢文を担当しておられた渡邊末吾先生が、授業中、正仁殿下(現常陸宮)に対する級友の無礼な振舞いを厳しく咎められた。今にして思えば、真に憂国の士の衷情であった。

新憲法の下でも、天皇は、現人神の座からは降りられたが、依然として日本国民の象徴であり、国民統合の原理であらせられる。皇族は国家元首の一族として、日本国民からしかるべき敬意を表せられるべきだ。筆者は大韓民国の国民なれば、日韓関係の不幸な過去に起因して、日本皇室には極めて複雑な感情を抱かざるを得ぬ。しかし、日本滞在中はむろんのこと、今でも外国元首の一族としての皇族にはしかるべき敬意を払っているつもりだ。

(中略)

当時、安倍能成院長は事あるごとに、「精神的貴族たれ」と我々を諭された。ニーチェ哲学者であらせられた安倍院長は、ニーチェ流の精神的貴族を念頭に置かれたであろうが、院長のお言葉には「忠勇無双なる北面武士の心構えを培えよ」との願いが籠められていたのではないかという気がする。

戦後、皇室のあり方を規定したのは、安倍能成と小泉信三であるといってよかろう。明仁(皇太子)殿下は安倍、小泉という最良の師を得られて、英邁な君主になられたのは、陛下ご自身にとっても日本国民にとっても、真に喜ばしいことである。

「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜かな」-本居宣長。天皇に対する曇りなき忠誠心が日本精神の真髄である。

高等科諸君、家族、先生、級友が疎ましくなったり、万事が無意味に見える日には、三島由紀夫(平岡公威)の「剣」を読みなされ。「剣」は平岡先輩が、若き後輩に対する限りなき愛情を以って執筆されたと思えてならない

桜友会会長 内藤賴誼(ないとうよりよし)