平成10年5月1日発行第72号より抜粋

21世紀をめざしての日本の半導体産業

日本のお酒と文化を楽しむ

「自分の頭で考える」訓練を

新刊紹介


第16回経済学部講演会より
9年11月28日(金)於:記念会館
21世紀をめざしての日本の半導体産業
(株)東芝常勤顧問(前取締役副社長)川西 剛氏(24年旧高卒)

 15兆円産業と言われる半導体産業は、今年が50年目の節目だ。米国でトランジスターがベル研究所で発明されて50年、日本で事業化されてから40数年になる。この20世紀を見て、半導体産業ほど特筆すべき産業は日本にはなかった。成長率、技術のイノベーション、国際化の広がり、全ての面で夢が多かったし、まだ夢のある事業はこれからもないと思う。こういう産業に携われたことは、私の大きな幸福だったと思う。

変革が起きている

 21世紀を前にして変革が起きつつある。第一は、自己完結型のビジネスが困難になってきた。個人や、一つの組織、一つの会社、一つの国で全てを賄うことが出来なくなってきた。チームワーク、相互協力、異業種交流、国境を越えた協調等が避けられなくなった。
 第二に、急激なイノベーションが起きており、必ずしも組織が生み出すのではなく、非常にクリエイティブな個人から新しい発想が出てくる。個人の資質、競争意識、能力依存が益々高まる。この矛盾をどう解決するかが大きな経営課題だ。

日本は米国に学べ

 日本は農業社会で、村意識が強い。人材を企業に従属させ忠誠を誓わせ、その代わり手厚く保護し永久就職の様なぬるま湯に漬かっている面が多い。日本のカルチャーは物を作るHow to makeに特色があり、組織力で御輿を担いでワッショイワッショイというやり方だったから、クリエイティブなこと、何か新しい物を作るWhat to makeが弱い。こういう面では米国に太刀打ちできないと思う。
 米国に学ばねばならない第一は最高機関の役員会議を直すべきだ。米国のある優良企業では9人の役員のうち7人が外部役員であって、朝から皆でケンケンガクガクの会議をやっている。日本では外部役員はごく少数でなあなあの役員会が多いと聞く。第二に、米国は株主総会は完全にオープンで、役員は株主の質問に答えなくてはいけない。米国人は討論に馴れているから、ユーモアをもって答え、話題をそらすことも自由自在にできる。総会が終われば、皆で一緒にコーヒーでも飲んで下さいと役員が間に入って話をする。第三に、企業家精神である。シニアの従業員、技術者、広い意味のオフィサーにはストックオプションというのがある。これは頑張って株価が上がれば、お前の収入は増えるよという成功報酬である。これのあるなしで会社の姿、株価に対する関心度はべらぼうにちがう。第四は、個人の能力開発の問題がある。上長が自分の能力を潰すと判断したら、自分の能力を認めるよその会社に行くこともできる。日本では個人の能力を組織が潰すケースが沢山ある。第五は、自分の意見をしっかり持ち、その意見を大切な時に堂々と言うことが大切だ。日本では沈黙は金だが米国では無能であるとみなされる。第六は、米国ではバッドニュースイズグッドニュースだ。問題点は全部上にあげて皆で真剣に考える。日本は「知らせの無いのは良い便り」であるから都合の悪いことは上にあげない。この差が重大な結果になる場合が多くある。

21世紀の半導体産業は

 一つは、芭蕉の句に「先人の後を追うな、先人の求めたものを求めよ」というのがある。芭蕉が奥の細道で旅をした時に目的は先人がどういう道を辿ったかというのを探ったかも知れないが、実際は、自分で新しい世界を切り開いていった。半導体も同じで、50年経ったが、やはり何が求めるものなのかに重点をおくことだ。二つ目は、どんな小さなことでもそこで先ずトップになる。大企業でも中小企業でも、人のやらないことをやればトップになれる。大企業はそのニッチトップが沢山ある企業であり、中小企業はそれが少しの企業であると言うことだと思う。三つ目は、外部情報に敏感になることだと思う。色々な外とのやりとりの中で、外との苦闘の中で、自分自身を見出していかねばならない。
 新聞、テレビ等で問題になっているような、自分達の仲間で利益をうまく隠したり、積んだりということでは本当の会社の成長はあり得ないと思う。
 最後に、情報化の問題がある。情報化社会の最大の欠点は情報が多すぎることだと思う。むしろ現在は、情報は情報で利用するにしても「瞑想の時間をどうやって増やすか」ということを経営者は心に問うべきだろう。


会員トピックス・・・・
日本のお酒と文化を楽しむ
村田 淳一氏(36年経済卒)

 質、量共にナンバーワンと言われる銘酒の会を十数年間、手弁当で主宰していらっしやる村田淳一さん(36経済卒、元菓子問屋専務・現(株)ローソン顧問)をお訪ねして「日本の酒と食の文化を守る会」(旨い酒、美味しい料理を嗜む会)のお話を伺いました。
 村田さんは約20年程前、新潟の或る有名な蔵で作っているお酒を飲んで当時としてその素晴らしい味わいに惚れ込み、それ迄は甘くて、べたべたした日本酒に嫌気がさし、もっぱら洋酒を飲んでいたのですが、以来すっかり日本酒ファンになられたそうです。
 研究熱心な村田さんは、早速飲み仲間といいお酒を探して飲んでいましたが、次第にいいお酒を皆さんにお勧めしたい、普及させたいとの情熱にかられ、たまたま知り合った醸造学の権威で、酒類評論家の穂積忠彦先生より指導を受け日本酒の基礎知識を勉強するようになりました。
 穂積先生はこうした事は酒屋が率先してやるべきなのに、菓子屋がやるとは面白いと激励され、全国各地の蔵元の紹介を受けるかたわら、先生が名付け親になり「日本の酒と食の文化を守る会」という名前の日本酒の愛好会ができたそうです。
 当会はお酒の業務に関係していないメンバー、例えば、歯科医師、家電販売店主、大学教授、調理師、菓子・食品メーカー、流通業に勤務しているサラリーマン等12名で構成し、全くの素人で酒好きの集まりです。この事はお酒を選んだり、推薦したりする上で大変良かったと仰っていらしゃいました。
 この会の目的の一つに「いいお酒の啓蒙と普及」というのが有り、なるべく多くの人々にいいお酒を知って戴くために、例会にはビジターの参加を呼びかけていると言うことです。
 現在会を開催する時にお呼びする方の割合は、常連メンバーが三分の一、女性が三分の一、新しく参加する人を三分の一と決め、何時も同じ人だけで楽しむのではなく、新しい方に案内することによりファンの拡大に気を遣ってきたとの事でした。
 村田さんは、日本の食文化の頂点にたつのが民族の酒「日本酒」であり決してお酒だけが一人歩きするのではなく、常に日本料理との調和を考えなければいけないと言っておられましたが、一方、お酒を広めるには女性を味方につけ、方々で日本酒の美味しさをお喋りしてもらおうと考えました。しかし、単なるお酒の会と言ったのでは女性は余り集まらないので、そこで有名な料亭でお料理を味わいながら日本酒ほ楽しむ会を催したところ、多くの女性が料理に釣られて参加され、「日本酒ってこんなに美味しいものだったの」と大勢の方が日本酒のファンになって行ったそうです。
 こうした村田さんの活動に共鳴した蔵元さんが例会にお酒を提供して下さっておられますが、それらの蔵元さんの多くは昔からそれぞれ地方文化の担い手で、中には芸術家を援助された蔵元もあり、ある時はそれ等の蔵元さの所蔵の芸術品を持参して貰い、その作品を鑑賞しながらそれぞれの蔵のお酒を楽しむ会を開催されましたが、この会を契機にお酒を単なる嗜好品としてではなく日本の食文化の頂点に立つものと位置づけ、只美味しいお酒やお料理を楽しんで戴くだけではなく、お酒と食の調和を考えながら集まってもらいその上皆様に出来うる限り日本の伝統文化に触れて貰えるような会にしたいと思ったそうです。
 そして特に江戸文化を中心に古典落語、新内、車人形、狂言、幣間芸を鑑賞したり、ある時には摺り師による錦絵の刷りの実演に加えて、浮世絵の研究の権威、本院の小林教授の講演を聞いたり、時にはお揃いの浴衣で屋形船より東京湾で花火を鑑賞するような贅沢な会を催したり、いろいろな趣向をこらして会を続けておられます。
 そして、村田さんがひょんな事から惚れ込んでしまった日本酒、それを広めるために何時も協力してくださる蔵元さんへの感謝の気持ち、お酒と食の文化に加えて日本の伝統文化を皆さんに知って戴こうという楽しいお話に、一同酔ってしまったインタビューでした。


キャンパス・ニュース・・・・
「自分の頭で考える」訓練を
学習院女子大学教授 白井健策氏

 社会に出てから40年以上もの間、新聞記者として働いてきました。学者ではないので研究業績なるものはありません。大学という世界そのものが、一種の異文化のようにさえ思えます。そういう人間が大学で何らかの貢献をするとしたら何ができるでしょうか。
 これまでの仕事のほとんどは、天声人語を執筆していた期間を除けば、国際関係や世界の地域事情の報道、分析でした。海外にもしばらく住みました。国と国との関係を、政府間の交渉の現場で取材したり、各地の人々の生活ぶりの中に独特の文化のあり方を探ったりしてきました。
 異なる文化の間でのコミュニケーションの難しさを実感しましたし、自国ではない社会にあって自分と家族が様々な意味で少数派として生きてゆくという体験から、少数派として暮らす人々のものの考え方や感じ方というものを実地に味わいもしました。
 新しい世紀には、環境、開発、食糧、市民運動、人権、その他、国境を越える多くの問題が今までよりも切実さを増すでしょう。国際関係にも従来と違う要素が加わり、いわゆる教科書のない時代が始まっています。
 そういう時代を生きる若い人々に、情報のあふれている中で、まず自分の頭で考える、という訓練をしてもらいたい。ぜひそのお手伝いをしたい、と考えています。


新刊紹介
書名:インとその看板のいわれ −イギリス・バークシャー州を中心に− バークシャー婦人会連盟編訳

著者:岡本 誠(39経)
学習院大学文学部非常勤講師

 イギリスへ行けばパブやインに立ち寄ってみたくなる。黒光りした柱や梁も魅力だが、由緒ある看板が興味をそそる。
 その看板の由来を地元の婦人会が丹念に調査した記録である。
 (開文社出版 1,600円 税別 A5版177頁)

書名:響愁のピアノ イースタンに魅せられて

著者:早川茂樹(1国)
 二・二六事件がゆかりの姻戚である迫水久常・松尾新一・瀬島四夫の三氏らが戦後間もなく創業し、40年にわたって手作りのピアノ製作に打ち込んだ技術者たちの誇りを伝えた記録。
 (随想社 1,800円 税別 B5版254頁)
 イースタンの音を聞くホームページは、こちらから

書名:私のフランス地方菓子

著者:大森由紀子(昭56仏)
 フランスは地方こそお菓子の宝庫。決してパリではお目にかかれない珍しくて美味しいお菓子が沢山あります。この本は、著者がフランス各地方を歩いて見出したお菓子を50品、地方の文化や歴史を紹介しながら、美しい写真と丁寧な作り方で綴った、フランス地方菓子のバイブルです。
 (柴田書店 2,500円 税別 B5変形128頁)

書名: わが心の故郷 アルプス南麓の村

著者:ヘルマン・ヘッセ、 編者:V・ミフェルス
訳者:岡田朝雄(34独)

 「放浪の詩人」ヘッセが第二の故郷スイス南部の山村に独り住みついて文筆生活を始めた時代のエッセイ・詩・フィクションなどが収められている。編者が発見した小説断片「あるテッスィーン人の履歴書」はこの本で初めてされたもの。
 (草思社 2,500円 税別 四五版 445頁)