或る日の「桜友会」

「ゆかいな仲間」

【右から、菅 忠義さん(桜友会理事、学習院大学教授)、仙波二郎さん(鎌倉桜友会長、インターグループ代表)、稲山 清さん(関西桜友会長、元森田綿業専務)、池田浩規さん(学習院専務理事、交通新聞社前会長)、中條高徳さん(東京中央桜友会長、アサヒビール名誉顧問)、亀井 泓さん(桜友会長、日本証券代行相談役)、永田良昭さん(学習院大学学長)、村上智也さん(桜友会副会長、元三井生命保険専務)、小野田 博さん(桜友会副会長、東京ラソニック社長)・・・学習院創立百周年記念会館にて 】

学習院出身者相互の親睦・交流、発展のための活動をしているのが「桜友会」(おうゆうかい)(いわばOB会)である。その会員数は十万人を超えた。私学としては決して大きな規模ではないのに、これだけの会員数に膨れ上がったのは歴史の古さによる。
学習院は弘化四年(1844年)、京都で公家の学問所として開設されたのが始めである。宮内省管轄下で終戦を迎えた。占領時代、存立を危ぶまれた時期があったが、私学として新発足。文部大臣を務めた大哲学者の安倍能成院長の下で、不死鳥のように蘇った。
この日、大学一期生の仲間たちが大勢集まった。場所は学習院の百周年記念講堂である。我々は戦後の混乱期に入学した。同級生は百名余りに過ぎない。
学校が運営費に困り、在校生の家庭から貴金属、絵画などの財宝を供出してもらい、院内でバザーを開いたことがある。我々は売り子を務めた。戦後のドサクサで一儲けした人などが大型外車でやってきて、品物を吟味もせずに買い漁っていった。有難くもあったが、その傲慢な態度に、強い反感を持ったことが、まるで昨日のように思い出される。
現在の院生は大学一期生のこんな苦労や、創立八十五周年の記念募金で、安倍院長自らが各企業を回られて、辞を低くして募金を集められたことなど、全く知らないはずである。
こんにち学習院の財政基盤は大きく改善されたが、歴代院長をはじめとする学校当局の努力、とりわけ田島義博・現院長の功績は誠に大きい。その田島・現院長を終始バックアップしてきたのが「桜友会」である。
我々、大学一期生には写真には写っていないが、共同通信社長の犬養康彦君、神社庁統理の久邇邦昭君、レンゴー社長を務めた故・長谷川薫君、靖国神社奉賀会長の久松定成君などがいる。桜友会のメンバーは多士済々である。(中條記)

2005(平成17).2.8 財界「ゆかいな仲間」より

「中央寮歌祭2015」に参加

「中央寮歌祭2015」は平成27年8月9日、新宿の京王プラザホテルで開催されました。参加校数52校、出席者総数約500名、全国に数多くある寮歌祭の中で最大規模の寮歌祭です。
学習院は中名生正昭様(旧制高等科昭和24年卒)を筆頭に12名の桜友会会員、現役大学応援団員4名、総勢16名が参加、「大瀛の水」を高唱、学習院の伝統と「勢いのある学習院」をひろく披露することが出来ました。 【文責:中高桜友会副会長・深野靖弘(昭和35年高等科卒)】 

【編注】「中央寮歌祭」の前身は、旧制高等学校卒業生を中心とする日本寮歌振興会が主催していた「日本寮歌祭」で、1961年(昭和36年)に第1回が開催され、2010年(平成22年)第50回をもって打ち切りとなった。本学は同窓会としての参加は、第40回をもって終了した。その後、「中央寮歌祭」として、それまでは各校の同窓会単位での参加であったが、参加者の高齢化により運営に困難が生じたため個人参加に変更された。その「中央寮歌祭」が日本寮歌振興会より「日本寮歌祭」として認められることにより、令和元年8月4日(日)第59回日本寮歌祭(於:ホテル・ラングウッド)として再発足することになった。

櫻友クラブ

「櫻友クラブ」は平成5年(1993年)、様々な使命を受け「桜友会」のタグボートとして設立された。その会員誌として平成5年3月1日「櫻友クラブ創刊1号」が発刊され、平成8年4月(1996年)紙面も一新され「オブリージ」13号として新創刊された。平成17年3月(2005年)44号もって最終号となり、「櫻友クラブ」も設立時の役割がほぼ達成されたという判断により同年3月末、桜友会本体に一体化された。

<以下 当時のパンフレットから>

赤坂プリンスホテル旧館にクラブラウンジと会議室が

喧騒とした街中より、一瞬静淑な場所で、ひとときを過ごしませんか。赤坂プリンスホテル旧館1階のクラブラウンジ(約40名)と会議室(約15名)が、年中無休で櫻友クラブ会員及び同伴者は、ご自由に利用できます。

学習院弁当

特別料理として学習院弁当、和風と洋風の2種類が用意されている。季節の食材を使用するためメニューは変更あり。ビールがついて、1人前5,000円と安い。